今回は、弥勒如来について紹介していきます。

目次

  1. 「弥勒菩薩」と「弥勒如来」の違いとは?
  2. 弥勒信仰とは?
  3. 弥勒菩薩の見分け方は?

「弥勒菩薩」と「弥勒如来」の違いとは?

弥勒菩薩は、悟りを開くために修行中で遠い未来に、悟りを開き衆生を救う段階になると弥勒如来になります。

弥勒菩薩が釈迦入滅から56億7000万年後に地上に降りてきて、如来になって人々を救うと説かれており、その未来の世の事を「弥勒の世」(みろくのよ)や「弥勒の浄土」などとも言われております。

そして現在は、どのようにして人々を救うかを思案中で、兜率天(とそつてん)と呼ばれる天界で修行中なので、菩薩像としてその多くは造られてきたが、遠い未来の世で弥勒に会いたいという願いを込めて造られたのが弥勒菩薩です。

弥勒菩薩は、インドではマイトレーヤーと呼ばれており、慈悲・友情という言葉に由来しており、「慈悲から生まれたもの」「慈しみの人」という意味とされております。

この弥勒菩薩は、仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)という仏教経典に登場します。

この仏説無量寿経とは、お釈迦様が説かれた無量寿経で、お釈迦様の説法が書かれています。

また、仏説無量寿経は仏説観無量寿仏経・仏説阿弥陀教の3つの書を合わせて浄土三部経と呼ばれており、法然上人を宗祖とする浄土宗・西山浄土宗、親鸞聖人を宗祖とする浄土真宗においては、この 浄土三部経を根本経典とされています。

この無量寿は、阿弥陀仏の寿命が無量であるところから阿弥陀仏の事を指しており、この阿弥陀仏は浄土教において最も優れている仏の事を指しております。

弥勒信仰とは?

平安時代に入ると、奈良県吉野の金峯山(きんぷせん)では、弥勒の下生信仰(げしょうしんこう)と浄土信仰(じょうどしんこう)の広がりがあって、弥勒来迎(みろくらいごう)への信仰が始まったと言われております。

また、中国では十世紀に実在した布袋和尚が弥勒の化身と言われる事から、布袋を弥勒と同一視して信仰していたと言われております。

この弥勒信仰を広めたのは親鸞聖人と言われております。

親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願に救われて幸せになった人はこの世では弥勒菩薩と同格になって、死ねと弥勒菩薩より先に仏の悟りを開けるのだと説かれました。

また親鸞聖人は、阿弥陀如来に全てを任せておけば良いという他力本願を掲げ、浄土真宗の開祖となった人であります。

この他力本願とは、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えれば、誰でも弥勒菩薩と同格になって、救われるという教えです。

弥勒菩薩の見分け方は?

まず、頭には宝冠(ほうかん)と呼ばれる物を被っています。

これは、宝石で作られた冠(かんむり)で、ほとんどの場合女帝が被っている冠です。

口元は、アルカイック・スマイルと呼ばれる慈悲の微笑みを浮かべています。

次に、台座に腰かけて右手を頬に添えて、考えている様子でいわゆる「日本版考える人」で作られており、この形は思惟手(しゆいしゅ)と呼ばれております。

また、台座から左足を下ろし、今にも立ち上がる様子で作られているのが、半跏踏下坐(はんかふみさげざ)と呼ばれております。

この思惟手と半跏踏下坐の特徴を併せ持ったものが、弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)と呼ばれており、弥勒菩薩の基本的なスタイルの仏像になっております。